デス・オーバチュア
第35話「赫奕たる紅蓮の女王」




ガイの右腕にはしっかりと赤い刃が絡み付いている。
しかし、ガイの右腕が切り落とされることはなかった。
理由は簡単、赤い刃……無垢なる黎明を握ったイェソドの左腕が、彼女の左肩から離れて大地に転がっていたからである。
「獲物に絡み付く、引くことにより獲物を輪切りにする……二動作だ」
体から離れてしまったイェソドの左腕は当然、無垢なる黎明を引くことはできないのだ。
「あはは〜っ、左腕が肩からばっさり……痛いですね」
イェソドはそう言いながら、痛がるどころか楽しげに笑っている。
「俺の方はお前の肩に静寂の夜を突き刺すことで、左腕を切り落とす……その一動作だけでいい」
ガイは赤い刃に絡み付かれながらも、構わず静寂の夜を突きだし、イェソドの左腕を切り落としたのだった。
「まったく見事な思いっきりの良さですね、少しでも迷いがあったら切り落とされたのはあなたの方でしたよ」
大地に転がっていたイェソドの左腕が炎に転じると、イェソドに跳びかかり、彼女の中へと吸収されるように消えていった。
「てりゃぁっ!」
イェソドの左肩の切断面から炎が勢いよく吐き出される。
そして、炎は瞬時に、イェソドの新しい左腕を形成した。
「あなたは治さないんですか? そのままだと不利ですよ?」
イェソドはなぜ治さないのか理解できないといった表情で尋ねる。
「まったく、普通、人間の腕は切れてもまた生えたりはしないんだよ……」
「でも、あなたは普通じゃないでしょ?」
「……そうだな……」
ガイは近くに落ちていたオリハルコンの剣に視線を止めると、静寂の夜を地面に突き刺し、オリハルコンの剣を右手で拾い上げた。
「こいつでいい……くっ!」
ガイはオリハルコンの剣の柄の先端を左肩の切断面に突き刺す。
「アルテミス!」
ガイが叫ぶと、彼の左肩から生えているオリハルコンの剣が粒子と化し消えていった。
いや、正確には消えたのではなく、崩壊していく粒子が別の形に再構築されていくというべきだろうか。
数秒後、ガイの左肩には新しい左腕が生えていた。
「とりあえずはこれいいだろう?」
ガイの左腕は金属のような輝きを放っている。
「ほぇ〜、オリハルコンの右腕とは贅沢ですね」
「生身に優る腕はないさ。あくまでとりあえずの場繋ぎだ、俺は人間だから蜥蜴みたいに腕を再生したりできないんでね」
「魔法でちょちょいとはいかないんですか? ガルディアの人なんでしょ?」
「俺は魔法は不得意でね、アルテミスの分解能力で剣を腕に変えた方が速いさ」
『分解はともかく、再構築はあんまり得意じゃないんだよ、不格好でごめんね』
「いや、上出来だ」
ガイは頭の中に響いてくる声に応えながら、オリハルコンの左腕を器用に動かして見せた。
「さあ、第三ラウンドを始めるか? そろそろ最終ラウンドにしたいな」
「あはは〜っ、同感ですね」
イェソドは通常の形態に戻った無垢なる黎明を両手でしっかりと握ると、上段に振りかぶる。
「凶暴なる鞘も、剣螺旋も所詮は小細工、楽をするためのもの……無垢なる黎明の真なる力、なぜ、無垢なる黎明が最強の攻撃力を持つと呼ばれているのか、その身で教えて差し上げますね」
イェソドの体中から赤い光が立ち登った。



「あああああああああああああっ!」
赤い光は激しさを増し、無垢なる黎明に集まっていく。
『ガイ、まずいよ。無垢なる黎明は……』
「尽きることなき我が憎しみよ、断罪の刃となれっ!」
イェソドは無垢なる黎明を振り下ろした。
『無効化は無理、受けて、ガイ!』
無垢なる黎明から迸る赤い光が巨大な刃と化し、ガイに叩きつけられる。
ガイは赤い巨大な光の刃を静寂の夜の背で辛うじて受け止めていた。
「最初の巨木のような形態だった時以上の力だな……」
『鞘入りの時なんて比較にしない方がいいよ。あれは刃の巨大さとパワーに任せた、文字通りただの力任せ……でも今のは……』
「あはははははははははっ!」
ガイの目の前にイェソドが出現する。
イェソドは赤い光を溢れさせる無垢なる黎明の刃を直接ガイに斬りつけた。
「無敵盾!」
ガイは全身を隠せる壁ではなく、剣のサイズだけの最小の不可視の盾を形成させる。
「正解ですよ!」
無垢なる黎明が、静寂の夜、正確には静寂の夜の前面に形成された不可視の盾と激突した。
凄まじい爆音と共に、イェソドとガイが互いに吹き飛ばされる。
イェソドは華麗に宙返りして、足から大地に着地した。
「相変わらず良い判断です。力を集中したピンポイントの不可視の壁……もし安易に巨大な壁を作っていたら、壁ごと切り捨ててあげたのに……残念です」
『ガイ、必ず無敵盾を作るか、刃に『力』を込めて攻撃して……じゃないと、静寂の夜(アルテミス)でもあっさりと切り裂かれるよ』
ガイの脳裏に姿無き女の声が告げる。
「最強の防御力を持つお前でもか?」
『人間の体と同じだよ、無防備な時と、体に力を込めた時じゃ防御力が違う。力を入れてない時は、普通に神柱石の硬度しかない。無垢なる黎明は先に創られた七本の神剣を破壊するために創られた神剣……神柱石だって粘土か何かみたいにスパスパ斬るよ〜』
「あははははっ! もう少し攻撃力を上げるとしますか」
イェソドの言葉に応えるかのように、無垢なる黎明の赤き輝きが際限なく増していった。
『無垢なる黎明には攻撃力の上限がない。持つ者の力……特に憎しみや怒りといった負の力が強ければ強いほど、どこまでもその攻撃力を上げていくの』
「なるほどな……」
「あははははははははははははっ!」
イェソドは狂気を含んだ笑い声を上げながら、無垢なる黎明を振り回す。
ガイは辛うじて無垢なる黎明の連撃をかわし続けた。
直接、刃が触れたわけではない、刃から漏れ出る赤い光だけで、大地が森の木々が無惨に切り裂かれ、荒らされていく。
「アルテミス、質問は一つだけだ。アレはできるか? 無垢なる黎明の『力』相手に」
『……直接の刃ではなく、溢れる『力』が相手なら……』
「そうか、解った」
ガイはお互いの間でしか通じない会話を終わらせると、上空に跳んだ。
「あはははっ! 無垢なる黎明相手に間合いを取ることは不可能ですよ!」
イェソドは無垢なる黎明の刃の間合いの外であるにも構わずに、ガイに向けて無垢なる黎明を振るう。
赤い刃は一瞬でガイの横にまで伸び、そのままガイの銅を真っ二つにしようとした。
ガイは静寂の夜の無敵盾で間一髪でその一撃を弾く。
「あはは……はっ?」
「あばよ、悪魔」
いつのまにかガイの右手に一丁の『銃』が握られていた。
銃、火薬で弾丸を飛ばす道具。
パープルやブルーで主に普及している武器だ。
もっとも、普及といっても、安定性の悪さ、コストの高さなどから、一般に普及しているとは言い難い。
剣より技術を必要としない誰でも引き金を引くだけで一応使えるのが銃の最大の利点、だが、所詮威力は魔術の火球にすら及ばない……一般人ならともかく、実力ある剣士や魔術師にとってはたいした驚異ではない……その程度の武器だった。
「あはっ、そんな玩具で……」
「こいつが撃ちだすのは鉛玉じゃない、プルトニウム弾だ」
「あっ!?」
ガイは迷うことなく引き金を引く。
突然の大爆発が全てを呑み込んだ。



ハーティアの森『以外』の森が跡形もなく消し飛んでいた。
「まあ、国の中核さえ、残っていれば後の森や村のいくつかは吹き飛んでもいいよな?」
ガイは誰に聞かせるわけでもなく呟く。
結界によって、空間自体が遮断されていたハーティアの森だけが先程の『核爆発』の影響を受けずに残っていた。
「……まったく、なんて物を使うんですか?」
ガイの目の間に小さな赤い炎が生まれる。
「あんな至近距離で……お陰で体が跡形もなく消し飛んじゃったじゃないですか……」
声は炎から聞こえてくるようだった。
「私も無垢なる黎明も『防御』は下手なんですから……Dみたいにエナジーバリアで無傷とはいかないんですよ……まあ、Dの場合はエナジーバリアを張らなくても無傷なんでしょうけどね……」
「で、まだやるのか? 第四ラウンド?」
「いいえ、これが最終ラウンドですよ」
小さな炎は突然、燃え盛り、巨大な炎と化す。
炎は人間の形を、赤い髪と瞳の十四歳ぐらいの少女の形をとった。
「なんだ、もう姿は変わらないのか?」
「これが『イェソド・ジブリール』としては完全体なんですよ。これ以上の姿をあなたに見せるつもりはありません」
イェソドは無垢なる黎明を両手で握る。
「さて、第四……最終ラウンドは一瞬で終わります。なぜなら、一瞬の一撃の勝負だからです」
赤い光が再びイェソドの体中から溢れ出した。
「復讐の剣よ! 今こそ我が全ての憎しみを解き放てっ!」
赤い光は竜巻のようにイェソドの周りを取り巻きながら荒れ狂う。
「復讐の螺旋(スパイラル・オブ・ネメシス)!」
イェソドの振り下ろした剣から荒れ狂う巨大な赤い渦がガイに向かって解き放たれた。
「行くぞ、アルテミス!」
ガイは自ら赤い渦に向かっていく。
渦の中心を走る赤い刃に向けてガイは左手を突き出した。
赤い刃がオリハルコンの左掌を打ち抜く。
「渦はもらぞ……反三重奏(カウンター・テルツェット)!」
ガイは静寂の夜は渦の先端に突き刺した。
ガイは渦の流れの力に逆らわず、その方向性を僅かにズラしていく。
「自らの力で滅べ、炎の悪魔っ!」
ガイは渦の勢いを倍加させて、イェソドに向けて打ち返した。



赤い渦はイェソドに直撃した。
赤い渦に呑み込まれ、イェソドの姿が消え去る。
無垢なる黎明が貫いたガイのオリハルコンの左掌に掴まれていたことが、無垢なる黎明を手放すことができなかったことが、直撃を許す結果になった。
「……これで生きてるのは、お前の攻撃力を否定することになるぞ」
赤い渦が消え去ると、仰向けに倒れているイェソドが姿を現す。
もっとも、それはイェソドという原型をとどめていなかった。
無惨に引きちぎられたいくつもの肉塊と肉片が散らばっている。
辛うじて原型をとどめていたのは頭部ぐらいだった。
「お前の最大の一撃を三倍の威力に増幅させて打ち返した……その威力でも滅びきれないのか?」
「…………」
顔の半分が吹き飛んでいるイェソドの生首は、残っている左目でガイを睨みつける。
「………………フッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
突然、イェソドの生首は狂ったように笑い出した。
いつもの微かな狂気を匂わせる楽しげな笑いとは違う、完全に狂気だけの笑い。
「貴様の勝ちだ。イェソド・ジブリールは完璧に貴様に負けた!」
狂気と怒りゆえか、イェソドの口調はいつもと違った。
「もうイェソド・ジブリールには未練はない!」
生首が宙に跳び上がると、その後を追うように肉片と肉塊達も跳び上がる。
生首と全ての肉塊と肉片達が紅蓮の炎に転じた。
そして、紅蓮の炎達は一つに集まっていく。
「さっき貴様は、『もう姿は変わらないのか?』と私に言ったな。見せてやろう! イェソド・ジブリールではなく、『私』の本当の姿をっ!」、
炎の中から透明な宝石が吐き出された。
そして、炎が新たな形を形成していく。
炎が生み出した巨大な赤い天使の翼。
その二枚の翼の中心に女が立っていた。
赤い毛皮のコートを羽織った二十歳前後の赤毛の女。
その紅蓮の瞳には常に憎悪の炎が宿り、一欠片の優しさも甘さも感じられない厳しい容貌をしていた。
明るさや気怠さといったイェソド・ジブリールを構成していた要素の影すら彼女から感じられない。
「それがお前の悪魔としての本当の姿か……」
「…………」
イェソド……いや、イェソドだった者は、宙に浮かんでいた宝石を左手で掴み取った。
「これがなんだか解るか?」
「宝石、ダイヤ……いや、水晶か?」
「エンジェルコア……天使核(てんしかく)……天使を宝石の中に閉じ込め、その宝石を体内に取り込むことで、その天使の全ての力を己の力とする……ための物だ。ゲブラーなどはこれがなければただの人間に過ぎない」
「なるほどな、人間が、人間以上の者の力を得るためのものか……だが、悪魔のあんたにはそんなもの必要ないだろう?」
「その通りだ。尚かつこのジブリールの天使核の持つ力の属性は『水』……炎の悪魔たる私にとっては力を高めるどころか、マイナスにしかならない」
「じゃあ、なぜそんなものを体内に埋め込んでいた?」
「一つはファントム十大天使である証、身分証明のようなものだ。そして、もう一つは……」
「もう一つは?」
「強大すぎる炎の力を反発する水の力で少しでも抑えるためだっ!」
突然、女の右手の人差し指が光る。
「がはっ!?」
ガイの口から血が吐き出された。
ガイは己の左胸を見る。
いつのまにかそこに小さな指一つが丁度通るぐらいの穴が空いていた。
「ふん、そのオリハルコンの左腕も気にいらん」
今度は、開かれた右手の掌が光る。
「ぐっ!」
ガイは左肩に微かに熱を感じた。
己の左肩を見たガイは驚愕する
肩の部分から、左腕が、オリハルコンの左腕が切れに消失していたのだ。
「馬鹿な……腕に創り替える際に純度が落ちたとはいえ、オリハルコンを一瞬で蒸発さただと?」
「もう全ていらん。ファントムも、この大陸も、どうでもいい。貴様ごと全てを焼き尽くし、煉獄に変えてやる」
女は再び左掌をガイに向ける。
掌が光った瞬間、オリハルコンと同じく、ガイという存在がこの世から一瞬で消滅するのは間違いなかった。
その絶大な威力以前に、速さにまったく反応できない。
ならば、常に全開で無敵盾を張っているか?
いや、無敵盾すらあの力の前には通用しないような気がする。
回避も防御も不可能……ならば、あの掌が光る前に、女を斬るしかない。
ガイが女に向かって踏み出そうとした瞬間、そしておそらく女が掌を光らせようとした瞬間だった。
水色の半透明な剣が女を貫いたのは……。



「……ラツィエル……」
女はゆっくりと背後を振り向いた。
黒い翼の天使が背後から水色の剣を自分に突き刺している。
「大陸全てを焼き払って、全てを水泡に還すつもりですか? まだお楽しみも賭けもこれからが本番でしょう。所詮は暇潰しとはいえ、注ぎ込んだ手間と時間を回収しないのは愚かですよ」
「……そうだったな……」
「解ってくれればいいんですよ」
コクマは水色の剣を引き抜いた。
剣の突き刺さったはずの女の胸には傷もなければ、血も流れていない。
それが、女の力なのか、水色の半透明な剣の能力なのか、今はそれはどちらでもいいことだった。
少なくともこの場にそんなことを気にしている者は居ない。
「では、私はこれで。まだしなければならないことがいろいろとありますので」
「ああ……すまいない、世話をかけた……」
「いえいえ、自分のためにしたことですから。今はまだあなたに大陸を煉獄に変えられては困りますので……では、また後で」
現れた時と同じようにコクマは唐突に消え去った。
「…………」
イェソドはガイに視線を向ける。
「人間、勝負は預けておこう」
「落ち着きを取り戻したのなら、俺だけを殺すように力を制限することも可能なんじゃないのか? なぜ、今やらない?」
「私はそこまで貴様を甘く見ていない。貴様はまだいくつか切り札か奥の手を持っている……下手にお前と戦えばまた我を失い、この大陸自体を燃やしかねん」
「でかすぎる力というのも不便だな」
「では、次ぎに会う時までその命誰にも奪われるでないぞ」
炎の天使の翼が羽ばたいた。
火の粉のような炎の羽が舞い散る。
ガイが炎の羽にほんの一瞬だけ気を取られた間に、女の姿は消え去っていた。



















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜